その夜、電話で呼び出された。夜の公園。街頭のベンチで、やまちゃんが待っていた。
「なんだよ、こんな夜更けに」
自転車を止めて、やまちゃんの前に僕は立つ。
「・・・」
やまちゃんは話さない。今年の秋は深まるのが早い。空気が少し肌寒い。
途中で買った缶コーヒーで手を温める。
「ひよりちゃん、今年中に東京へ越すんだ」
いきなりのやまちゃんの洗礼に僕は驚く。「ご両親の仕事の都合らしい。卒業まで、籍はこの高校に残すそうだけど」
今は9月。残された時間は、あと4ヶ月しかない。
「なんで僕にそんなことを?」
「さっき、涙まじりの電話があった。お前。ひよりちゃんを振ったんだってな?」
そんなつもりはなかったんだけど、ひよりちゃんはそう受け取ってしまったらしい。
「誤解だよ。僕は、やまちゃんとの恋愛を頑張れって・・・」
「フェアプレイはもう懲り懲りだ!どうせ俺じゃお前に勝てないんだ!」
日頃、穏やかなやまちゃんが声を荒げた。「恋も走りも、いつも、ふうたは特別だ」
僕は、ただただ気圧されていた。
気づいたんだ。
そうか。優等生でも、心細いながらに踏ん張っているんだ。
「なあ。・・・やまちゃん。賭けないか?」
僕は、右手の缶コーヒーを差し出す。「僕が、今度の大会を勝ち残れるか、残れないか。
「そりゃ、いくらなんでも賭けが成立しないだろ。お前の出るのは成人大会だぞ?」
「僕は勝ち残るよ。そして、絶対、ひよりちゃんを迎えに行く」
ビックマウスなのは、わかってる。
可能性が限りなく、ゼロに近いのもわかっている。
でも、僕は、走ることしか取り柄がない。だから、これで運命と勝負する。
「・・・予選通過できなかったら?」
やまちゃんがおどおどと、言葉をつなぐ。
「僕は、一生、ひよりちゃんのことを追わない」
「わかった。絶対に、負けんなよ」
「どっちを応援してんだよ?」
苦笑しながら、やまちゃんは僕が差し出す缶コーヒーを受け取った。