「なんで、僕がこんなことやらなきゃいけないんだよ、、、、!」
謹慎が解けた1週間後。
僕はとある山小屋に住むひとりの老人の世話になっていた。
名前を「ゲンゴロウ爺さん」。静香先生や川浜コーチたちを指導したかつての名指導者だと聞いている。
『あなたの答えがそこにあるわ』
と静香先生。出した休学届けは1ヶ月。それ以上の休みは、受験に差し障るとの判断だ。
山小屋は、登山道から離れた深い森に立っていた。バスも1日に数本くるかこないかの山奥だ。バスの終点から、さらに歩いて30分。簡素な山小屋が、ゲンゴロウ爺さんの家だ。
そして今、僕は、風呂のために、川から水を汲んで運んでいる。川と山小屋との距離はゆうに500メートル。一体、何回、往復する必要があるのだろう。考えるだけで気が重い。
爺さんは、外出中だ。今夜の夕食の食料を調達に出かけたんだとか。
「なにせ、来客は久しぶりだからの。腕によりをかけるぞい」
風呂が水でいっぱいになる頃を見計らって、ゲンゴロウ爺さんが帰ってきた。
手に持ったザルに、キノコと野草と毛をむしったウサギを掴んでいた。ウサギは罠にかかっていたとか。どの光景も僕にとって、目に新しい景色だった。
薪で沸かした五右衛門風呂から上がって、ほっと一息。
山奥だからだろうか。真夏だと言うのに、日が暮れると同時に冷え込んだ。
炭が燃える囲炉裏。天井から吊り下げられた鉤に、鍋をひっかけてある。
「静香からは聞いとるよ。伸び悩んでいるんだって?」
僕は事情を説明した。話せば話すほど、場違いな場所にやってきた後悔が胸に去来する。電気も水道もガスもない。こんな場所に来て、僕に何が見つかるというのだろう。
囲炉裏越しのゲンゴロウ爺さんは、穏やかな顔を浮かべている。
「そうか。川浜の坊主とやりあったか」
爺さんが楽しそうに笑った。真っ白な歯がこぼれる。
「おそらく、走ることでしか答えが出ないことを伝えたかったんじゃな」
なんだそれ。拍子抜けした。
そんな簡単なことだったら、口頭で言えば済むじゃないか。
ゲンゴロウ爺さんが、鍋をすくって、僕に差し出した。
腹が鳴った。
そういえば、どっぷり日は暮れたのに、まだ、夕食も食べてない。受け取った皿は、やけに熱い。無言ですする。空腹に、キノコ鍋が染み渡る。
「食べたら、寝ろよ。明日は早いぞ。体を冷やさんようにな」