「にゃんにゃんっ」
液体タイプの猫用おやつを取り出して、私は三毛猫にそっと近づいた。
猫は警戒する素振りも見せず、ぺろぺろとおやつを舐め始める。
「……ん?」
そのやけに人懐っこい猫を抱き上げ、もふもふとお腹を撫でてみると、私はある違和感に気づいた。
「あ……この子って……」
「バレたか」
振り返ると、舌をちょこんと出しているのはモヤシだった。
「言いにくいんだけどさ……この子、メスじゃない?」
「ええええっ!?!?」
*
2月14日、日曜日。
私は私服姿でゆりかとともに、駅前の公園でモヤシを待っていた。
やがて現れたモヤシは、相変わらずのジーパン姿で、私たちを住宅街へと案内する。
その中でもひときわ広い庭をもつ平屋の邸宅の前で立ち止まったとき、私は思わず「まさか……」とつぶやいた。
その予感は的中し、一人の上品なおばあちゃんが出迎えてくれた。
「初めまして、祖母のキヨコです。どうぞごゆっくり。孫からお二人のことはよく聞いていますよ」
穏やかな笑顔と優しい声。私とゆりかも少し緊張しながら頭を下げ、名乗り、玄関をくぐった。
通されたのは玄関に近い客間。
私はつい、目につくものをキョロキョロと見回してしまう。
「ちょっと、あゆみちゃん! 勝手に物色しちゃダメだってば」
「わかってるわよ。客間に弱みなんて落ちてないわ」
そんな会話をしていると、モヤシが一匹の子猫を抱いて部屋に入ってきた。
「チースケって呼んでるんだ」
そう言いながら、猫用おやつを取り出し、子猫の口元に差し出すと、チースケはしぶしぶながら舐め始めた。
──そして、話は冒頭に戻る。
「はははっ! 見事に騙されたな!」
モヤシが得意げに笑う。
こいつ……!と私は歯ぎしりしながらも、手は止めずに子猫におやつをあげ続けていた。
だって、オスだろうとメスだろうと、かわいいものはかわいいのだ。
「はい、裕史くん」
「私からも」
私とゆりかは、それぞれ手作りのチョコを差し出した。バレンタインデーなのだから。
「二人とも手作りよ? 開けてみて」
ゆりかのはガトーショコラ、私のはチョコチップクッキー。
「あはっ。どっちも猫の形だ」
「だって今日ここに来たのは、猫に会うためなんだもん」
モヤシは照れたように笑いながら、どこかぎこちなく視線を逸らした。
その笑顔が、なんだか歯を食いしばっているように見えて、私の胸に引っかかりが残った。
しばしの沈黙の後──
「……俺さ、頑張るよ。もっともっと」
その言葉の重さに、私たちはその場では気づけなかった。
けれど、それが彼の決意だったと知ったのは、それから1ヶ月後のことだった。