純文学とワイングラス
第7話 明かす聖夜のランデブー(下) SIDE B

クリスマスイブの深夜、リビングにはほのかな照明とケーキの甘い香りが漂っていた。

「メリークリスマース!」

長女の可奈が、お子様用のバタービールを高々と掲げて乾杯の音頭を取る。次女の瑠夏も負けじと、テーブルのブッシュ・ド・ノエルにフォークを突き刺した。

今日は年に一度、夜更かしが許される特別な夜。保育園も明日はお休み。仕事終わりでぐったりの私たちも、今だけは親モード全開だ。

「いい子にしてたら、サンタさんが来てくれるかもね~」

モヤシが育児パパっぷりを見せつけるように言うと、可奈がすぐにツッコミを入れた。

「来ないよー。うちは煙突ないんだもん!まりこ先生が言ってたもん!」

ああ、まりこ先生……その現実主義、幼児相手にはちょっと重い。

「えっ、じゃあ……うちにはサンタさん来ないの?」

瑠夏がほっぺにクリームを付けたまま、今にも泣き出しそうな顔で見てくる。

慌ててモヤシが背後から二人を抱き寄せた。

「最近のサンタさんは、礼儀正しいから玄関から来るんだよ」

「ええーっ!?じゃあ、トナカイどうするの?」

「うーん……パパのお店の駐車場に停めてるんじゃない?」

私はとっさに話を合わせ、ファンタジーの世界を維持する。

「そっかー!でも……トナカイも疲れてるんだって。だから今夜は電気自動車で来るらしいぞー」

モヤシ、話を広げすぎだ。

「わーい!エコだ~!」

娘たちは素直に喜ぶが、私としては内心ヒヤヒヤだ。こんな話、あとでちゃんと辻褄合わせる羽目になる。

 

でも、こうしてみんなでリビングでチキンをつついて、笑い合える夜が続くのは、ほんとうに幸せなことだと思う。

でも、いつまで続くんだろう。

社会は不安定だし、戦争も災害もどこかで続いている。

私は物語を書く仕事をしているけど、そんな現実から目を逸らしてばかりもいられない。

それでも、せめてフィクションの中では「普通の幸せ」を信じて描きたい。サンタクロースが煙突から降りてくるような、そんな魔法が本当にあるかのように。

 

そのときだった。

玄関のチャイムが鳴った。

 

「わあ!ほんとにサンタさん来たのかも!」

娘たちが目を輝かせ、ぱたぱたと走っていく。

「まさか……ね」

私は苦笑しつつ、あとを追った。

そして――玄関のドアを開けると、そこに立っていたのは。

赤いコートに、真っ白な帽子。

――どう見ても、紛れもない、サンタクロースだった。