純文学とワイングラス
第5話 焼きそばキッス(上) SIDE A

思い返せば、青春にはもう少しキラキラした“正解”があってもよかったんじゃないかと思う。ゆりかとモヤシと私、三人で過ごしたあの一年間は濃密だったけど、最後の別れはあまりに唐突で、16歳の心にはちょっと重すぎた。けど、それも含めて、今では大切な宝物だ。

 

そして、文化祭。私は実行委員と文芸部の掛け持ちで、楽しむ暇なんてなかったけど、その分“作る側”の特権をたっぷり味わえた。文芸部ではオリジナル短編を出して、それが思わぬ形で脚本化されるという大事件も起きたけど、それはまた別の話。

合間の休憩時間、お弁当をつまみながら模擬店情報を収集していた私に、同級生が言った。

「2年C組の焼きそば、めっちゃ美味しかったよ」

 

…はい、行きました。即、向かいました。

 

そして、屋台の鉄板の前でヘラを巧みに操っていたのが、まさかのモヤシだった。

「なんでアンタがやってんのよ!」

「頼まれたんだよ。応援で」

額に鉢巻き、前掛け姿。似合わなさすぎて笑うしかない。焼いていたのはもちろんモヤシ炒めじゃなく、甘辛いソースが絡む本格派の焼きそばだった。

「食べるか?」

差し出された皿。口に入れた瞬間、ほのかに温かくて、ほんのり甘いソースの味に紅しょうががピリッと効いてる。…悔しいけど、美味しい。

「親父の知り合いから業務用ソースもらったんだ」

「麺は?」

「……そこは触れんな」

ちょっと笑いながら、彼のクラスメイトが言った。

「奥さん、昼休みの裕史をよろしくお願いします!」

突然“奥さん”扱いで冷やかされ、なんだか妙な空気が流れる。でも、悪くなかった。

 

それから二人で校内を見て回った。メイド喫茶にお化け屋敷、体育館ではファッションショー。そして、そろそろ演劇が始まる時間。

「アンタ、悔しくないの?」

「なんで?」

焼きそばパンを頬張るモヤシは、何もわかってない顔で笑ってた。そんな彼の口元がちょっと汚れていて、私は思わずハンカチを差し出す。

 

――その瞬間。

「あゆみ!ちょうどよかった、助けて!」

演劇部部長の阿部が、悲鳴にも似た声で駆け寄ってきた。