ゆりかとモヤシの恋愛は、結局1年間続いた。
モヤシが学園に残っていたら、もっと続いたかもしれない。
当初は「どうせすぐ終わるだろう」と高を括っていた私だったが、その予想は見事に裏切られた。焦りが、じわじわと胸を侵食する。
私だけの親友、ゆりか。誰より近くにいたはずの彼女が、次第に私に秘密を持つようになった。
「昨日ね、大人しか行けない場所に裕史くんと行っちゃった」
「な、なんですって?!」
その一言に私はぐらりと揺れた。
なに、「裕史くん」? 本名呼び? もしかして、あの2人……とうとう、そういう関係に?
言葉を選びながら、私は問い詰める。
「お、大人のマナーは……守ったんでしょうね?」
ゆりかは指を口元に当て、にやりと笑った。
「もしかして、あゆみちゃん、焦ってる? それとも、焼いちゃってる?」
ち、ちがう! 私はモヤシには全然興味ないし、私が好きなのは――いや、だから、その、親友としてのゆりかが好きなのであって……!
「それにね、裕史くんの秘密も知っちゃった」
「モヤシの、秘密……?」
一瞬、呼吸が止まった。
「実はね――」と、ゆりかが何かを言いかけたその瞬間、
「何しているの? 二人とも」
図書室の扉が音もなく開き、司書の森先生が現れた。
「三枝くん? 今日は早退きしたわよ。……まさか、あの三枝くんにかわいい恋人ができるなんてねぇ」
「えへへ」と顔を赤らめるゆりか。
――待って。
先生の言う「恋人」は、世を欺く“仮の恋人”である私のことだ。
ゆりかと先生、両方が誤解してる……! ああ、頭が痛い。
1学期も終わりに近づき、夏休みが迫っていた。
このままでは、ゆりかとモヤシの恋が、私の知らないところで“急展開”を迎えてしまう。
それも“大人の場所”で……!
そして迎えた夏休み。図書室には――モヤシが来た。
「お前らも来てるとはな」
私服姿のモヤシは、少し照れくさそうに笑った。スリムなジーンズにジャケット、シャツまで着て、おしゃれな雰囲気。
「高校生がその格好って、どこのオシャレさんよ?」
「うるさい。このあと予定があるんだよ」
ゆりかが意味ありげな視線を向ける。
もしかして今日も“デート”? いやいや、ここは冷静に……。
モヤシはさっと本棚から数冊選び、テーブルに着いた。
タイトルを見て驚いた。「智恵子抄」――高村光太郎の詩集だ。
「おっ、智恵子抄を知ってるとはな、瀬戸内」
「バカにしてる? 一応、小説家志望なんですけど」
「ラノベ専門かと思ってた」
ページをパラパラとめくる音が、図書室に響く。
私とゆりかも机に向かい、参考書を開いた。
静かな午後。だけど、静けさの裏で、私の心はざわめいていた。
――夏が、始まる。何かが、きっと変わる気がした。