純文学とワイングラス
第4話 なみのおと SIDE A

ゆりかとモヤシの恋愛は、結局1年間続いた。

モヤシが学園に残っていたら、もっと続いたかもしれない。

当初は「どうせすぐ終わるだろう」と高を括っていた私だったが、その予想は見事に裏切られた。焦りが、じわじわと胸を侵食する。

 

私だけの親友、ゆりか。誰より近くにいたはずの彼女が、次第に私に秘密を持つようになった。

「昨日ね、大人しか行けない場所に裕史くんと行っちゃった」

「な、なんですって?!」

 

その一言に私はぐらりと揺れた。

なに、「裕史くん」? 本名呼び? もしかして、あの2人……とうとう、そういう関係に?

 

言葉を選びながら、私は問い詰める。

「お、大人のマナーは……守ったんでしょうね?」

ゆりかは指を口元に当て、にやりと笑った。

「もしかして、あゆみちゃん、焦ってる? それとも、焼いちゃってる?」

 

ち、ちがう! 私はモヤシには全然興味ないし、私が好きなのは――いや、だから、その、親友としてのゆりかが好きなのであって……!

 

「それにね、裕史くんの秘密も知っちゃった」

「モヤシの、秘密……?」

 

一瞬、呼吸が止まった。

 

「実はね――」と、ゆりかが何かを言いかけたその瞬間、

「何しているの? 二人とも」

図書室の扉が音もなく開き、司書の森先生が現れた。

 

「三枝くん? 今日は早退きしたわよ。……まさか、あの三枝くんにかわいい恋人ができるなんてねぇ」

 

 

「えへへ」と顔を赤らめるゆりか。

――待って。

先生の言う「恋人」は、世を欺く“仮の恋人”である私のことだ。

 

ゆりかと先生、両方が誤解してる……! ああ、頭が痛い。

 

1学期も終わりに近づき、夏休みが迫っていた。

このままでは、ゆりかとモヤシの恋が、私の知らないところで“急展開”を迎えてしまう。

それも“大人の場所”で……!

 

そして迎えた夏休み。図書室には――モヤシが来た。

「お前らも来てるとはな」

私服姿のモヤシは、少し照れくさそうに笑った。スリムなジーンズにジャケット、シャツまで着て、おしゃれな雰囲気。

「高校生がその格好って、どこのオシャレさんよ?」

「うるさい。このあと予定があるんだよ」

ゆりかが意味ありげな視線を向ける。

もしかして今日も“デート”? いやいや、ここは冷静に……。

モヤシはさっと本棚から数冊選び、テーブルに着いた。

タイトルを見て驚いた。「智恵子抄」――高村光太郎の詩集だ。

「おっ、智恵子抄を知ってるとはな、瀬戸内」

「バカにしてる? 一応、小説家志望なんですけど」

「ラノベ専門かと思ってた」

ページをパラパラとめくる音が、図書室に響く。

私とゆりかも机に向かい、参考書を開いた。

静かな午後。だけど、静けさの裏で、私の心はざわめいていた。

――夏が、始まる。何かが、きっと変わる気がした。