第1話
夕暮れのトラックを走る。ただ、走る。
ゴールの見えないテープをめざして、動かない風をすり抜けて、かわすようにかきわける。がむしゃらにもがく足がやたらと重い。100メートルがはるか遠い。
「全然、ダメだ!どうした。もう1回!」
やっとこさ、ゴールを切る僕にコーチの怒声。
いったい、何回、走らせるつもりだよ。わかってるさ。風に乗れなかったことくらい。
「はい、ふうたくん」
いつのまにきたのか、肩で息をする僕の後ろから、マネージャーのひよりちゃんがスポーツドリンクを差し出した。
「ん」僕はボトルを取って、少しずつ飲み下す。ゆっくり、ミネラルと水分が喉を落ちる。
「ふうたくん、記録のび悩んでるね」
「わかってるよっ」
言われて、あせりから声をあげる。ひよりちゃんは肩をすくませて、キャプテンのやまちゃんにドリンクを渡しに向かっていた。
原因はわかってるんだ。川浜コーチとの相性が悪すぎるんだ。
以前から指導してくれた静香先生が産休に入り、ピンチヒッターで新しいコーチに変わったのが最近のこと。何でも、将来が期待される部のために、名門から引き抜かれたエリートらしい。
ところが、僕との相性が悪かった。見る間に記録は落ちた。僕の受け止め方に問題があるのか。将来のためにも、そして高校生活の集大成のためにも、僕には結果がいるんだ。他の部員たちはちゃくちゃくと記録を伸ばしている。このままだと記録どころかレギュラーの座さえ危ういだろう。
次の大会は6月。とても、間に合う気がしなかった。